交通事故で歯が折れた場合に後遺障害が認められるのか

1 歯の後遺障害について

交通事故で顔面をアスファルトに強打した場合などして歯が折れたりしてしまうことがあります。

歯の後遺障害は等級が認定されると等級に応じた後遺障害慰謝料の支払い対象になりますが、後遺障害逸失利益との関係では必ずしも労働能力の喪失につながるわけではないという問題があります。

本稿では、治療時の注意点、歯の後遺障害で認められうる等級、後遺障害逸失利益についての裁判例を解説します。

2 治療内容を決定する時の注意点

歯科治療は審美的な観点から保険治療ではなく自由診療が選択したいと考えられる方は多いと思われます。インプラントやセラミック等を用いた自由診療は歯科医院における金額差も大きくなり、治療すべき歯の本数が多くなれば優に100万円を超える費用を要します。

しかし加害者側の保険会社からは保険治療の範囲内しか治療費を支払わないと言われることもあり、承諾なしに高額な自由診療を選択して治療をしてしまうと後日治療費の支払いについて争いになることがあります。

自由診療を希望する場合は主治医に治療プランと治療費見積書を作成してもらったうえで加害者側の保険会社にそれを提示して支払いの可否について交渉する必要があります。

過去の裁判例では、インプラント治療の必要性は認めたものの、全国平均のインプラント治療費を参考にして実際にかかったインプラント費用のうち一部しか損害として認定しないものなどがあります。

3 歯牙障害の等級表

歯の後遺障害は現実に歯を失ったり、著しく欠損、つまり見えている部分の4分の3以上を欠損した場合にそれに対する補綴を行った時にその本数に応じて等級がかわります。

もっとも、交通事故にあう前から別の原因で歯が欠損していたり補綴を行っていることはよくありますが、事故前から欠損・補綴をしていた本数は等級認定にあたっては差し引いて考えることになります。

例えば、交通事故前から既に欠損または補綴をしていた歯が14歯以上あった場合、残っている健康な歯を交通事故で新たに欠損または著しい欠損をしたとしても後遺障害等級には該当しません。

歯の障害の最上位の等級である第10級は14歯以上に対し歯科補綴を加えている場合であり、交通事故前から既に14歯以上の歯科補綴があるということはそれ以上後遺障害が重くなりようがないためです。

  • 第10級4号 14歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
  • 第11級4号 10歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
  • 第12級3号 7歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
  • 第13級5号 5歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
  • 第14級2号 3歯以上に対し歯科補綴を加えたもの

なお、口を受傷したことにより歯牙障害のみならず、そしゃく及び言語機能障害が発生している場合には併合がされて等級認定がされます。

4 歯牙障害と後遺障害逸失利益

歯牙障害はそれにより直ちに労働能力の喪失をもたらすとは実務上考えられていません。

そのため歯牙障害が認定された場合であっても加害者側の保険会社からは逸失利益は認められないことを前提とした示談提示しか受けられないことがあります。歯牙障害により仕事に影響が出ているときはそれを具体的な証拠とともに説明する必要があります。

力仕事であれば歯をかみしめたりすることから労働能力喪失が認められやすいともいえますが、適切な治療を行っていれば機能的な問題は解消されているとして労働能力喪失を否定する裁判例も散見されます。

以下では、後遺障害が認められた裁判例にどのようなものがあるかを説明します。

①    11級4号で年5パーセントの労働能力喪失率を認めたもの

名古屋地裁令和 3年 6月16日判決は、交通事故により11級4号に該当する後遺障害が生じたと認定した上で、業務で相当な力を要する作業の際に歯をくいしばって力を入れることができないという支障や被害者が力仕事への転職の機会が狭められる可能性、差し歯にしたことに伴いサ行の発音がうまくできないことによる人との会話のストレスが間接的に労働能力に影響を与える等として5パーセントの労働能力喪失率を認めました。

なお、労働基準局長通牒に定められている労働能力喪失率表は交通事故でも広く用いられていますが、同表の11級の労働能力喪失率は20パーセントです。

②外貌醜状と歯牙障害の併合6級において年25パーセントの労働能力喪失率を認めたもの

名古屋地裁平成28年 7月27日判決は、23歳女性について顔面部の5cm以上の線状痕(7級12号)、歯牙障害(7歯以上に対し歯科補綴を加えたものとして別表第二の12級13号)により別表第二の併合6級の後遺障害認定がされていた事案において、「コミュニケーション能力に相当な支障が生じていること、原告の性別及び年齢等を考慮すると」25パーセントの労働能力喪失があると認めました。

6級は労働能力喪失表によると67パーセントの労働能力喪失率であり25パーセントというのは低いように思われるかもしれません。

しかし、本裁判例の原告は事故後に収入の減収があったわけではないにもかかわらず25パーセントの労働能力喪失が認められていることは注目に値します。

なお、本裁判例は「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」として別表第二の7級12号が認定されていた年代のものであり、現在は外貌醜状の等級について男女の区別が廃止されています。

したがって、裁判例が性別を理由として労働能力喪失率を多く認めていると考えられる部分については現在では直ちに妥当しないと考えられます。

 

<出典>